江戸時代の日本に「メガネ」は存在したのか?
どのような形で、誰が、どのように使っていたのか?
歴史資料をもとに、江戸の眼鏡文化をわかりやすく解説します。
本記事は、眼鏡の普及史・構造・素材・社会階層との関係など、
江戸の暮らしの中でメガネが果たした役割を体系的にまとめたものです。
創作の参考としてはもちろん、歴史的背景を深く知りたい方にも役立つ内容となっています。
著者情報
佐伯 隼人(さえき はやと) 時代考証アドバイザー / 博物館資料研究員江戸時代の生活工芸品、特に装身具や小道具の考証を専門とする。複数の大河ドラマや時代劇映画で小道具の時代考証を担当した実績を持つ。クリエイターが抱える「間違えたくない」というプレッシャーに深く共感し、専門知識を「創作の翼」として使えるよう、わかりやすく実践的な形で提供することを信条としている。
江戸時代にメガネはあった?――最初の誤解を正す
現代では「眼鏡=耳にかけるもの」というイメージが一般的ですが、
この「つる(テンプル)」付き眼鏡が日本に普及するのは明治以降のことです。
江戸時代の眼鏡にはつるは存在しません。
当時用いられていたのは主に次の2種類です。
- 手持ち式(単柄・折り畳み式)
- 紐かけ式(紐で頭部に固定)
この2つの構造をおさえることが、江戸時代の眼鏡を理解する第一歩です。
【史料でわかる】江戸眼鏡の2大タイプと構造
江戸時代の眼鏡は輸入品や国内職人の手によって制作されており、
形状は比較的シンプルでした。ここでは史料に基づいて、代表的な2タイプを紹介します。
1. 手持ち式(単柄・鼻眼鏡)
最初期から確認できる眼鏡で、徳川家康も愛用したと伝えられる形式です。
- 構造: レンズ+ブリッジ、片側に短い持ち手
- 用途: 読書・書簡・細工など、短時間の作業
- 文化史的特徴: 「道具」というよりも、教養人の象徴として扱われた
江戸の文人や儒学者が、読む際だけ手で持ち上げる姿が多くの資料から確認されています。
2. 紐かけ式
レンズ枠に小さな輪をつけ、紐を通して頭部で固定する仕組みです。
長い作業でも手を使わないため、職人・医師・学者などが使用しました。
- 構造: レンズ+ブリッジ+紐通し穴
- 用途: 長時間の作業、書写、製図など
- 文化史的特徴: 「知識階層」の象徴として描かれることが多い
【素材でわかる】江戸のメガネが示す「身分と財力」
眼鏡は現在とは異なり、江戸時代では高級品・贅沢品でした。
特にレンズは水晶(ロッククリスタル)が用いられることが多く、
庶民にはほぼ手が届かない価格帯です。
| 素材 | 使われた階層 | 特徴 | 文化的背景 |
|---|---|---|---|
| 水晶レンズ | 大名・上層武士・富裕商人 | 透明度が高く高価 | 輸入品や希少素材のため所有はステータス |
| ガラスレンズ | 学者・医者・裕福な町人 | 水晶より安価だがまだ高級 | 蘭学を学ぶ者に愛用された |
| 鼈甲フレーム | 富裕層 | 飴色の光沢が美しく最高級 | 江戸の贅沢品として知られる |
| 木・角・真鍮 | 中堅の知識層 | 比較的入手しやすい | 「実用眼鏡」として普及 |
素材を見るだけで、その人物がどの程度の財力・社会的地位を持っていたのか推測できます。
江戸文化を描く際の手がかりとして非常に重要です。
メガネは庶民には買えなかった?――値段と普及率の実情
眼鏡は、江戸時代の一般庶民にとってはほぼ「手の届かない道具」でした。
当時の記録から推測すると、眼鏡の価格は庶民の年収に匹敵したとも言われています。
このため、眼鏡を使用できたのは次のような階層です。
- 大名・上層武士
- 裕福な商人
- 蘭学者・儒学者・医者
- 版元・高位の職人
眼鏡は「視力補助具」である以上に、教養と財力の象徴でもありました。
江戸の人々はどうやって眼鏡を持ち歩いたのか?
江戸時代の眼鏡は繊細で高価だったため、持ち歩き方にも工夫がありました。
- 布や革の袋に包む
- 懐(ふところ)に入れて持つ
- 印籠(いんろう)に収納する例も
懐から丁寧に取り出す所作は、当時の資料にもよく描写されており、
知識人らしい振る舞いとして象徴化されていました。
まとめ:江戸時代のメガネは「教養と身分」を象徴する特別な道具だった
江戸時代の眼鏡文化をまとめると次の通りです。
- つる付きの眼鏡は存在せず、手持ち式か紐かけ式のみ
- レンズは水晶・ガラス、フレームは鼈甲など高級素材
- 価格は非常に高く、所有できたのは知識層・富裕層のみ
- 眼鏡は実用品であると同時に「教養」「地位」の象徴でもあった
江戸時代の眼鏡は、単なる道具ではなく「文化」を象徴する存在でした。
当時の暮らしや人々の価値観を知る上でも、眼鏡という小物は極めて重要な手がかりとなります。
本記事が、江戸文化への理解を深める一助となれば幸いです。
【参考文献】
- 株式会社東京メガネ「眼鏡の歴史」
- 江戸ガイド「江戸時代の眼鏡と価格」
- 国立歴史民俗博物館 所蔵資料
- 株式会社ヨネザワ「メガネ史の基礎」

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